NMN研究の歴史と現在

私たちの体内で生成される物質、NMN。

その役割は、NAD+という重要な酵素に変換され、細胞のエネルギー代謝やDNA修復などに重要な働きを持つことが明らかにされています。

本記事では、これまでのNMNの研究の歴史や、現在の最新の動向について、深く掘り下げていきましょう。

NMN研究の歴史と現在

NMN研究の歴史は、1906年にイギリスの科学者がアルコール発酵の過程でNAD+を発見したことから始まります。

その後、多くの科学者がNAD+やNMNに関する研究をおこない、その役割や構造を解明してきました。

1976年には、NAD+が細胞内で別の重要な役割を持っていることが発見され、サーチュインという寿命に関わる酵素が注目されるようになりました。

ここではその研究の歴史を詳しく見ていきましょう。

NMN とNAD+の研究

NAD+は私たち全ての人間が体内に持つ、細胞が正常に機能し、生命を保つために不可欠な酵素です。

その影響力は極めて大きく、NAD+が関与しない生命維持のプロセスは、ほとんど存在しないと言えるでしょう。

NMNの研究史は、そんなNAD+の研究史と深く関連しています。

NAD+の研究

研究の火付け役となったのは、1906年のイギリスの科学者たちによるNAD+の重要な発見です。

科学者のアーサー・ハーデンとウィリアム・ジョン・ヤングは、「アルコール発酵」という、糖がアルコールに変換される過程について探求していました。

その中で、彼らはNAD+がこのプロセスの中で重要な役割を果たしていることを明らかにしたのです。

彼らが執筆した論文には、酵母汁をフィルターで濾過した後、残留物と濾液のどちらか片方だけで糖を発酵させることはできないと結論づけられています。

しかし、それらを合わせると、活発な発酵が始まるという興味深い現象が記述されていました。

この現象をふまえ、ハーデンとヤングは、酵母汁中に「熱で壊されない透析可能な物質」が存在し、それがグルコースの発酵に必要であると示唆。

1929年にはハーデンとハンス・フォン・オイラー=チェルピンが、さらなるアルコール発酵の現象の謎を解明しました。

これは、糖分がどのように発酵してアルコールに変わるのかという、基本的な生物化学のメカニズムを解き明かした研究です。

その功績が認められ、2人はノーベル化学賞を受賞しました。

1930年にはドイツの生理学者であるオットー・ワールブルクが、NAD+が細胞内で起こる多くの生化学反応に深く関わっていることを発見。

特に、腫瘍細胞の代謝や細胞呼吸のメカニズムにおいて、NAD+の重要性を強調しました。

この功績により、彼もまた1931年にノーベル生理学・医学賞を受賞することとなります。

これらの研究は、その後におこなわれた多くのNMN関連研究の土台となりました。

NMNの研究

特に2000年代以降、体内の重要なエネルギー源であるNAD+の生成経路や、その健康維持との深い関連性について次々と新たな発見をしています。

そのなかで、NAD+の主要な前駆体であるNMNの存在と役割が、徐々に科学界の注目を集めるようになりました。

2011年には今井眞一郎氏らの研究チームが、糖尿病に対してNMNが影響を与えることを見つけ出したのです。

この研究では、食事や加齢により誘発されるタイプ2糖尿病に対する有効な介入として、NAD+生合成を促進することが示唆されています。

その方法のひとつとして、NAD+の重要な中間体であるNMNの使用が挙げられている形です。

ほかにも今井氏はNMNにまつわる研究をいくつも進めており、その詳細をメディアで語っています。

さらに2013年にはマウスにNMNを投与するとその寿命が延びる現象を確認したとの研究結果も発表されました。

これらの実験により、NMNの投与で、体内の様々な臓器に存在するNADの量が増え、それにより加齢とともに生じる様々な疾患の抑制が期待できることが分かっています。

ただしマウスなどをはじめとする動物実験の結果となるため、この効果が人間においても同様に発揮されるかについては、別途解明が必要な分野とされていました。

NMNとサーチュイン遺伝子の研究

サーチュイン遺伝子もまた、NAD+と並んでNMNと関連が深い物質です。

これはたんぱく質の一種であり、さまざまな生物の体内にもともと存在する酵素でもあります。

サーチュインの役割の発見

2000年代初頭、科学の分野でサーチュインという特別な遺伝子に注目を集め始めました。

その注目の研究の中心にいたのは、マサチューセッツ工科大学のレオナルド・ガレンテ氏と今井眞一郎氏という二人の研究者でした。

彼らが選んだ研究対象こそが「酵母」です。この選択は決して偶然ではありません。

Nature掲載論文 | Transcriptional silencing and longevity protein Sir2 is an NAD-dependent histone deacetylase

そもそも酵母とは、微生物の一種で、糖をアルコールと炭酸ガスに変換する特性を持っています。

植物の体内や樹液、果物や野菜の表面、さらには我々が呼吸する空気中にも存在し、自然界全体を生息地としています。

特に酵母が持つこのアルコール発酵の能力は、歴史を通じてお酒の製造に欠かせない要素となってきました。

なかでも特にイーストと呼ばれる酵母は、パン作りにおいても重要な役割を果たします。

酵母は私たちの食文化をはじめ、日常生活にも深く根ざしている微生物ともいえるでしょう。

研究における酵母で注目すべきは、単細胞生物であり、遺伝子が比較的少ないため、その機能と役割を理解しやすい物質だということです。

さらに時間が経つとその性質が変化するという特性は、単細胞生物としては非常に特殊なものとなります。

このような背景から、酵母はさまざまな研究で用いられているのです。

さらに、酵母は不等分裂と呼ばれる特殊な方法で増殖します。

これは、細胞が偏った形で分裂する現象で、一般的な単細胞生物とは異なります。

通常の単細胞生物は等分裂と呼ばれる方法で増殖しますが、これは細胞が均等に分裂する現象です。

不等分裂をおこなう酵母は、等分裂をおこなう生物と比較して分裂による劣化が起きやすく、一定の回数分裂を繰り返すと、機能を失ってしまいます。

ガレンテ氏と今井氏は、実験を通じて、サーチュインを多く生成する酵母とそうでない酵母を比較しました。

これは酵母に存在するサーチュイン遺伝子(Sir2)についてのものであり、この特定の遺伝子が酵母の寿命に大きな影響を与えることを発見しました。

あわせてサーチュイン遺伝子の機能が強化されると酵母の寿命が伸び、その機能が欠けると逆に酵母の寿命が短くなることもわかりました。

結果、彼らはサーチュイン遺伝子が酵母の体内でどのように働くのか、つまり「サーチュイン遺伝子の役割」を明確にしたのです。

この発見は、サーチュインの機能とその重要性についての理解を深める大きな一歩でした。

遺伝子の働きと生物の寿命との関連性を探る新たな道を開いたとの見方もできるでしょう。

サーチュインとNMNの関係

NMNを摂取すると、体内にて、生命活動に不可欠な補酵素NADに変わります。

この変換過程により、サーチュインの活動が活発化するのです。

サーチュインの遺伝子は「長寿遺伝子」とも称され、その働きは生命の長さに大きな影響を与えます。

哺乳類にはSIRT1からSIRT7まで、7種類のサーチュインが存在し、なかでも特に主要な役割を果たすのは現状だとSIRT1とされています。

SIRT 1は血糖値を下げるインスリンの分泌を促すだけでなく、糖質や脂質の代謝を向上させ、神経細胞を保護し、記憶や行動を調整する役割を持つとのこと。

これらの働きは、私たちの老化プロセスや寿命に対するコントロールに極めて重要です。

今井眞一郎氏によれば、マウスを用いた実験で脳の中枢である視床下部でSIRT 1の機能を強化すると、老化による病気の発症が遅れ、健康寿命がメスでは16.4%、オスでは9.1%も伸びることが明らかになったとのことです。

また、人間の60代にあたる17~18カ月齢のマウスで視床下部のSIRT 1を増加させると、そのマウスは3~4カ月齢(人間の20代にあたる年齢)のマウスと同じくらい活発に動き回り、体温も上がり、代謝も活発になることが分かりました。

ただしこちらはマウスに対する結果であり、人間については別途研究が進められています。

NMNのヒトへの臨床試験

NMNに関する研究は、NAD+やサーチュインなどに関わるものも含めると、非常に長い歴史があります。

ですがその多くはマウスをはじめとする動物実験であり、人間(ヒト)への臨床試験は開始されたばかりだといえます。

NMNのヒトへの安全性

2020年、慶應義塾大学医学部と、アメリカのワシントン大学医学部とが共同で実施した研究結果が発表されました。

2016年から健康な男性10人を対象に、NMNの人体への安全性を確認するための臨床研究を開始したところ、健康な人へ対してNMNは安全に投与することができること、NMNの投与量に応じて体内で代謝されることが確認できたとのことです。

安全性が担保されれば、その後の研究が進めやすくなることから、これは人間へのNMNの影響を調べるうえで、大きな一歩であると考えられています。

慶応義塾大学プレスリリース | 世界初 抗老化候補物質NMNを、ヒトに安全に投与できることが明らかに

世界初のNMN臨床試験

2021年には、アメリカのワシントン大学医学部の研究チームがおこなった「世界初のNMN臨床試験」の成果が発表され、大きな話題となりました。

これは、肥満または過体重の更年期後の女性で、予備糖尿病の症状がある人々に、NMNを補充することの影響を評価することを目的とした研究です。

NAD+の合成は、加齢とともに減少し、それが酵素の活動を制限すると考えられています。

NAD+の補充が老化や老化に関連した疾患に対して有益な効果をもたらすことが、動物の研究から示されていますが、ヒトにおける状況はまだ完全には明らかになっていませんでした。

同研究では、サミュエル・クライン氏と今井眞一郎氏の研究チームが中心となり、前段階の糖尿病(糖尿病の予備軍)で、肥満体質の閉経後の女性25人(55歳から75歳)を対象におこなわれました。

参加者はランダムに2つのグループに分けられ、13人は1日250ミリグラムのNMNを、12人はプラセボ(効果のない偽薬)を10週間摂取したのです。

摂取によりNMN補充によりインスリン感受性が改善し、筋肉のインスリンシグナルが増加したことが示されました。

また、NMN補充は筋肉のリモデリングに関連する遺伝子の発現を上昇させたとのこと。

これらの結果は、NMNが予備糖尿病の症状がある肥満または過体重の女性において、筋肉のインスリン感受性、インスリンシグナル、そしてリモデリングを増加させることを示しています。

ただし、これらの結果はあくまで一部の女性に対するものであり、NMNがどのように各組織で処理されるかなど、さらなる詳細な研究が必要とされていると考えられます。

Science掲載論文 | Nicotinamide mononucleotide increases muscle insulin sensitivity in prediabetic women

NMN研究から広がる展開

発表されたさまざまな研究結果を受けて、NMNは世界中で注目されているといえるでしょう。

ここではNMN研究から広がる展開を紹介します。

メディアでのNMNの紹介

NMNは、新聞や雑誌、インターネットのニュースなど、様々なメディアで取り上げられてきました。

例えば2015年には、NHKスペシャルの「ネクストワールド 私たちの未来」にて最新の研究成果が詳細に報じられました。

医療やビジネス、エンターテイメントなどの多様な領域で登場する新技術を紹介するとともに、それらが我々の生活にどのような影響をもたらす可能性があるかを探求するというテーマで進行。

世界で活躍する科学者たちから得た情報を元にした実際の取材に加えて、それらの研究をドラマ化した部分も放送されました。

NMNが登場した第2回は2015年1月4日に初めて放送され、その後何度も再放送されてきました。

さらに、現在ではインターネットで配信も行われているため、多くの方々が視聴した経験があるかもしれません。

他にもさまざまなメディアで紹介されたことにより、NMNの認知を上げるきっかけとなったといえるでしょう。

NMNを手軽に摂取できるサプリメントの展開

NMNの研究結果をうけて、サプリメントをはじめとする健康食品への使用も広がりつつあります。

例えばNMNサプリメントのRefeelas(リフィーラス)の場合、高純度99%以上のNMNを配合。

サプリメントとして日常生活のなかで手軽に摂取することが可能です。

ただしNMNは食品の原料とされており、医薬品の成分とは異なります。

そのため、NMN単体で医薬品のような効能や効果を主張することは原則としてできません。

あくまで健康維持の補助として検討するのが望ましいでしょう。

まとめ

世界の研究者たちは、NMNとその前駆体であるNAD+について深く探求してきました。

結果、NAD+がさまざまな生物学的プロセスに重要な役割を果たしていること、NMNがNAD+の生成に深く関与していることなどが明らかになったのです。

また、NMNとサーチュイン遺伝子との関係についても注目されているほか、NMNのヒトへの臨床試験も進行していることから、今後も効果や安全性に関する研究が進むと考えられるでしょう。

 

執筆者・監修者

代表取締役 島本 倖伸氏

株式会社CloudNine

代表取締役 島本 倖伸

真の健康と美しさを目指す企業として、株式会社CloudNineを創業。NMNの食薬区分の改正に合わせて、同年6月にいち早くNMNサプリメントのRefeelas(リフィーラス)を発売。累計出荷本数20万本以上と、国内におけるNMNのリーディングカンパニーの一社として、数多くの臨床研究を積極的に行っている。NMNサプリメントにおいて日本初の機能性表示食品となった「Refeelasサプリメント」、スキンケアの「Refeelasオールインワンジェル」を販売。NMNをブームから文化にしていくために、NMN製品の臨床研究を積み重ねている。

共同研究者

准教授 澤邊 昭義氏

近畿大学農学部応用生命化学科

准教授 澤邊 昭義

1991年近畿大学大学院工学研究科応用化学専攻博士後期課程修了(工学博士)。1991年米国マサチューセッツ工科大学 博士研究員、1993年近畿大学 農学総合研究所 助手、講師、助教授を経て、2000年近畿大学准教授(農学部)。 専門分野:生物環境学、生命資源化学。研究略歴:様々な植物から有用性物質の探索を行い、食品、化粧品へ応用した実績を持つ。近年は、機能性表示食品へ応用可能な新規関与成分の探索研究も実施中。